「ロ万」は福島県南会津郡のお酒です。
「ロ万」の名前はどこから?
読めそうで意外と読めないのがこの銘柄。カタカナの“ロ”と漢字の“万”で“ろまん”と読みます。このお酒を造っている花泉酒造がある南会津は自然豊かな土地です。
しかし、有数の豪雪地帯で、人口が減少傾向にあるのも事実です注1。人が減るということはアルコール摂取量も減る、何とか地元を盛り上げていきたいと考えた星氏(代表社員)は時代に合ったお酒造りを目指します。が、構想は膨らむものの行き詰ってしまいます。
さらに、名前が決まらないことには、商品としてのお酒のイメージも定まらない。
悩みながら、一枚の紙にお酒が入ったタンクの絵を描き、そこに最初に仕込むお酒として“一号”と書き入れたところ、“号”の字が“ロ”と“万”に離れて“ロ万”に読めたのです。“コレだ!”と思った星氏。
平成19年、お酒「ロ万」が生まれた瞬間でした。
“ろまん(浪漫)”とはフランス語で小説を意味する単語から派生した単語で、“夢や冒険へのあこがれを満たすもの“という意味があります。新商品へのチャレンジにこれ以上しっくり来る名前はないかもしれませんね。
参照:コトバの意味辞典https://word-dictionary.jp/posts/1700
注1:南会津郡の人口の推移 (南会津地方広域市町村圏組合HPより:https://minamiaizu-kouiki.jp)
H7年 | H12年 | H17年 | H22年 | H27年 | R2年 |
36,541 | 34,988 | 32,913 | 29,893 | 27,149 | 24,263 |
「ロ万」シリーズ
「ロ万」は、お祝いに飲んで欲しいという商品展開になっています。
一月はおめでたいお正月。だから「一ロ万」と書いて「ひとろまん」。純米吟醸生原酒です。
七月は酒造りの年度替わり注2。酒造りの新年度に向けて「七ロ万(ななろまん)」。純米吟醸一回火入れ。穏やかな香りの夏酒です。
十月には本格的なお酒の仕込みがスタートします。日本酒の日注3もあり、大事な月。だから「十ロ万(とろまん)」。蔵の中でゆっくりと熟成された秋出しの「ロ万」です。
注2:一般的な年度は4月1日~3月31日だが、日本酒の年度は7月1日に始まる1年のこと。酒造年度(醸造年度)といい、BY(Brewery Year)で表記する。
注3:10月1日は日本酒の日。1978年(昭和53年)に日本酒造組合中央会が制定した。10月に入ると新米の収穫が始まり、日本酒造りも本格的にスタートする。また、干支では10番目を“酉”で表し、その漢字はもともと“酒”という意味もあることからこの日が定められたと言われる。
その他にも、しんしんと降りしきる雪景色を意識したうすい濁り酒の「かすみロ万」。お花見の季節に合う低アルコール度の「花見ロ万」など季節感満載の商品が並びます。
酒米は自家製米した会津産の「五百万石」と「夢の香」を、酵母には県酵母注4の「うつくしま夢酵母」を使い、さらに地元・南会津南郷地区の蔵人が醸すという、徹底した地元へのこだわりようです。
注4:県酵母
協会系酵母が日本醸造協会で頒布している酵母であるのに対し、県酵母とは県が独自に研究開発した酵母。
「花泉」シリーズ
「ロ万」と並ぶ二大銘柄の一つで、蔵元の名前をお酒から取って変更したというほどに伝統あるシリーズが「花泉(はないずみ)」です。
左側が大吟醸、吟醸、特別純米をそろえる“稲穂シリーズ”。
右側のひげ文字で書かれた「花泉」は辛口の本醸造。「花泉」の基本ともいえるお酒です。
蔵のある南郷地域は“ひめさゆり”の群生地として有名。また、その群生地は林野庁の水源の森100選に選ばれています。
そこでひめさゆりの花が群生する地に湧き出る泉の水を使っているお酒として「花泉」と名付けられました。
注5:水源の森100選とは1995年に林野庁によって選出された。
安全で住み良い国土を創造し、維持していくためには、森林の役割を欠くことは出来ないとし、水を仲立ちとして森林と人との理想的な関係がつくられている等代表的な森として選定したもの。
林野庁:https://www.rinya.maff.go.jp/j/suigen/hyakusen/
「書体とラベルについて
「ロ万」の書体のベースとなったのは星氏自身が手書きしたもの。それにデザイン性を持たせて独特な「ロ万」が出来上がりました。“ラベルは認識されやすいのが大事“という星氏。どのラベルにも統一感を持たせるように、また色は季節を意識させるような色どりになっています。
通年販売される純米吟醸にはベーシックな黒文字。
雪をイメージしたうすにごりの純米吟醸「かすみロ万」の文字は白。
「花見ロ万」には桜の花がちりばめられています。
田植えを終えた喜びを祝う「皐(さつき)ロ万」は5月のころの田の青い苗を表しています。
伝統を残すひげ文字の「花泉」。右側の「花泉」稲穂シリーズでは、稲穂のイラストが柔らかみを加えています。
もち米四段仕込み
花泉酒造のお酒を語るのに避けて通れないのが“もち米四段仕込み”製法です。
日本酒は通常、“3段仕込み”といって、お酒のもとになる醪(もろみ)を造るのに水、麹、米を3回に分けて注6仕込みます。花泉酒造はこの後、さらに蒸したもち米を熱いまま仕込む“もち米四段仕込み”製法を取っています。
また近年では、適温に放冷して仕込んでいるため、さらに綺麗さとフルーティーな香りが生まれ、もち米四段仕込みならではの柔らかさと旨味が醸し出されるのだそうです。星氏の表現を借りると、「大福の皮が伸びるような感じ。開栓してすぐだと角がありますが、2、3日するとまろやかさが増します。」とのことです。
この製法を使っているのは全国でも数えるほどしかなく、吟醸酒を含め全銘柄に使っているのは花泉酒造だけです。
注6:3回に分けて仕込む理由は、一度に大量の米や水を入れてしまうと醪のもととなる酒母(しゅぼ)の酸性が薄まり、不要な微生物が発生し、腐敗しやすくなるから。
参照:「日本酒の基」四版
花泉酒造について
大正9年、南会醸造株式会社として設立。南郷地域はとにかく雪深い豪雪地帯。当時は物資を届けるのも命がけの時代でした。峠を越えるのに命を落とした郵便局員やお巡りさんの慰霊碑が今でも残っているほどです。
そんな中、何軒かの有志が出資して南会醸造を立ち上げました。でも事業はうまくいかず一度廃業してしまいます。その後、組織変更を経て昭和12年に合名会社として再スタート。現在の花泉酒造の原型となります。当初は「富田正宗」に続き、「伊南川」と地名にちなんだお酒を造っていましたが、昭和25年ごろから「花泉」が登場します。平成元年にはその名前を取って、会社名を花泉酒造に変更しました。
今では社員数20名(そのうち9名が製造担当:2022年4月現在)を超え、香港をはじめ、台湾、オーストラリアにまで輸出しています。
これからも地元にこだわり続ける花泉酒造です。
最後に代表の星氏からのメッセージです。
「お酒はまず出会いです。初めて出会うお酒が合うとは限りません。また、食べるものが美味しく感じないとお酒も美味しくありません。美味しいものを食べて、美味しいお酒を飲む、そのためには長く健康でいることが大事だと思っています。
私たちは、淋しい時や悲しい時の解決できないつらさを和らげる優しいお酒を造りたいです。また、私たちのお酒が楽しい時、嬉しい時、お祝いしたい時に心地よさを提供できたらいいと思っています。
「ロ万」を見かけたら是非お試し下さい。でも飲みすぎには注意して・・。
「ロ万」は冷やしても温めても美味しいです。また冷酒から段々常温に戻っていったり、燗酒から徐々に温度が下がっていく、温度変化を味わうのもまた楽しいですよ。」
取材日時:2022年4月15日(ZOOM)
取材協力:花泉酒造合名会社・代表社員 星 誠氏
画像提供:花泉酒造
イラスト:イラストレーター・tame
取材後記:最初に私が「ロ万」に出会ったのはパッと目を引くラベルからでした。一瞬、なんと読むのかわかりませんでしたが、その次の印象はカタカナと漢字の組み合わせとは少し気取った“ウケ狙い”かな?(花泉酒造様、ごめんなさい)ということでした。ところが今回お話を聞いて、“ウケ”どころか、「ロ万」ができるまでの苦悩が詰め込まれていたのだということがわかり、ますます「ロ万」が好きになりました。
今の時代、私たちはいとも簡単に美味しいものが手に入るようになっています。でもその美味しいものができるまでには、造る人たちの並大抵ではないエネルギーが注がれているのだということを改めて感じます。
次に「ロ万」を飲むときは、是非“大福の皮が伸びるような感じ”を再確認したいと思います。飲みすぎに注意しながら・・・