「三笑楽」は富山県南砺(なんと)市のお酒です。

「三笑楽」の名前の由来

お酒は笑いながら楽しく飲むもの。こんなステキなメッセージを持つ日本酒、「三笑楽」命名の由来となったのは“虎渓三笑”という中国の故事です。

その故事とは:

その昔、晋(しん)の国の慧遠 (えおん) 法師は、廬山(ろざん)に隠棲して二度と虎渓(中国江西省の廬山 (ろざん) にある川)の石橋を越えまいと誓っていましたが、訪ねてきた詩人の陶淵明(とうえんめい) と道士の陸修静(りくしゅうせい)を送って行きながら話に夢中になり、不覚にも石橋を渡ってしまい、三人で大笑いして別れたというお話です。

そこから“虎渓三笑”とは“あることに夢中になって、他のことを全て忘れてしまう”という意味に解釈されるようになりました。もともと宗派の異なる3名が、その垣根を超えて意気投合した様を、古代中国の儒教、道教、仏教の理想的な調和のとれた関係を表す例として語り継がれて来ました。(参照:小学館・大辞泉/精選版 日本国語大辞典)

絶対に谷を超えないと誓っていた僧侶ですら、楽しいことがあるとその誓いを破ってしまう、そしてそれを後悔するのではなく大笑いするとは、何ともほのぼのと心温まるお話ですね。楽しんで笑う、その想いが「三笑楽」には込められています。

「三笑楽」を造っている三笑楽酒造は富山県にある世界遺産・五箇山(ごかやま)注1にあります。両側を山に囲まれている谷にあり、100~350年前の合掌造りも立ち並ぶ地域です。急峻な山々を見ていると、まさに中国にある虎渓に想いを馳せたくなってきます。

五箇山 相倉集落

注1:世界遺産・五箇山
五箇山 は 40 の小さい集落の総称で「世界文化遺産」に登録されているのは相倉(あいのくら) と菅沼(すがぬま) の 2集落。1995年(平成7年)12月に登録。
参照:五箇山・世界遺産観光情報サイト https://gokayama-info.jp/

書体について

創業当時からの書体 
2代目
3代目

創業当時からの初代の書体はひげ文字の「三笑楽」。

2代目の書体は先代まで使用していたもの。

そして、現在(3代目)の書体は富山県砺波市出身の書家・藤井碧峰(ふじいへきほう)氏によるものです。 2019年に現在の代表・山﨑氏がロゴを変えようと決心した時に、出会った藤井氏。当時20代だった藤井氏は日本酒のロゴを書くなら、どんなお酒なのか、どんな想いで造っているのかを知ってから書きたいと蔵に入って一緒に仕込みを経験。そして書かれた文字が現在・3代目の「三笑楽」です。

客間に飾られている藤井氏の書

3種類の書体はそれぞれのお酒の特徴に合わせてこれからも使い続けていくそうです。

3代目ラベルの色展開
下地に“三”の文字

ラベルは藤井氏の書体をベースに山﨑氏が手がけました。

下地には「三笑楽」の“三”の文字を崩して遊んだデザイン。かつて五箇山の手すきの和紙をキャップにかぶせていましたが、その和紙の色を再現するようにラベルの色が決められています。“笑”という文字の左下にある三角の落款(藤井氏の正式な落款は別にある)は五箇山のイメージにぴったりです。

三笑楽酒造について

歴史

1880年(明治13年)創業。多くの蔵元がそうであったように、当時、お酒の仕込みは地方の杜氏集団が行い、山﨑氏の祖先も代表者はオーナーとして三笑楽酒造を運営していました。しかし、時代とともにその仕組みも変わり、山﨑氏(現在の代表)の代から自らが杜氏となり、お酒造りを始めます。高齢化していた杜氏さんたちと数年は共に仕込みもしましたが、あとは自らの腕だけで三笑楽酒造を受け継いでいくことになります。

2022年4月に金沢酵母を使った吟醸酒部門で金沢国税局から表彰された時のもの

「ウチらしいお酒を造りたい。」という山﨑氏。三笑楽酒造が目指しているのは、山﨑氏自身が美味しいと思うお酒。酢酸イソアミル注2が主成分の伝統酵母注3にこだわった骨太のお酒です。

注2:酢酸イソアミル

カプロン酸エチルと並ぶ、代表的な吟醸香の一つ。バナナやメロンなど濃厚な甘みを持った果実に例えられる成分。

カプロン酸エチルはリンゴや洋ナシなどみずみずしい甘味と酸味を持った果実に例えられる成分で、全国新酒鑑評会では後者を含む出品酒を評価する傾向があるとも言われている。(参照:日本酒の基 第4版)

注3:伝統酵母とは協会1号から14号までの人工的な変異を加えてない全国の酒蔵から分離した酵母。

山廃へのこだわり

富山は驚くほどに食材が豊富です。日本海側で採れる魚介類に加え、氷見牛や富山豚、それに野菜も新鮮。お米も立山からの豊かな水が運んだ養分をたっぷり蓄えた大地で作られます。つまり、素材を楽しむ文化なので、お酒が主張しすぎると材料を殺してしまうと言います。

山廃注4は食材と調和しながらも、しっかりとした味わいとコクがあるお酒としてこの地方で親しまれてきました。

それに対して加賀(石川県)は調理する文化、どちらかというと香りのよい華やかなお酒が好まれます。地理的には近い地域にそれほどの差があったとは驚きです。

注4:山廃とは、酒母を作るタンクにいれる蒸米を、あらかじめ櫂(かい)と呼ばれる棒を使ってすり潰す山卸(やまおろし)の作業を廃止したもの。廃止しても麹の力で糖化が起こり、さらに酵母のはたらきでアルコール発酵へとつながる。(参照:日本酒の基 第4版)

山廃は、色々な味わいを乗せてくれるお酒」と山﨑氏は言います。「奥深い味付けになるがゆえに、それが強みにもなり、お酒のストーリーが生まれ、それを伝えていくことができる楽しみがある」とも。そのために三笑楽酒造では伝統技術を重んじながらも先進的な機械も導入し、山廃仕込みのお酒造りにこだわり続けています。

伝統と先進を取り混ぜた技術

酒蔵に入ってすぐ目につくのが、酒米を蒸すための甑(こしき)。数年前までは昔からの木製の和窯をこだわりとして使っていたそうですが、繊細な温度調節ができる現在のステンレス製に変更。そのため、温度を微妙に設定することが可能になり、山﨑氏のこだわる“乾いた蒸気”で蒸すことがきると言います。

蒸気が“乾いている”とは矛盾している表現に聞こえますが、これによりお米の水分をうまくとり、外硬内軟(がいこうないなん)注5の理想的な蒸米ができるのだそうです。

注5:外硬内軟
酒米を蒸すときに、麹菌の菌糸が中心部まで届くように、外側が硬く、内側が柔らかくなるように蒸す状態のこと。(参照:日本酒の基(第4版)

さらに蒸米に麹菌を繁殖させる作業(製麹)の部屋から、温度調節を行う“盛り”という作業場に進むと木箱が積み上げられていました。麹蓋(こうじぶた)です。ここでは逆に伝統的な手法を復活させ、面倒でも丁寧な手仕事で作業を行います。こうすることで質も香りもよい、何よりも美しい麹が生まれると言います。

何段にも積み上げられた麹蓋

五箇山は有数の豪雪地帯。20~30年ほど前までは、寒仕込みの場合に冷やさなくてもよかったものまでが、温暖化に伴い、温度管理が必要になってきているそうです。それでも新旧の技術を織り交ぜながら、常に最高の設備を考えている三笑楽酒造です。

最後に山﨑氏のメッセージです。

「お酒の中でワインと日本酒だけがどんな料理にも合います。四川料理の辛すぎる料理にはお勧めしませんが、上海料理にはよく合いますし、カレーなどスパイスを使ったものにもいいです。そこが日本酒のすごいところです。

またお酒は、人間と同じように厳しく育てると(甘味に)強くなる。あまっちょろくするとあまっちょろいお酒になる。そして奥深い味付けは菌が育ててくれる。不思議です。ともあれ、自分の造ったお酒が喜んでもらえるのは、嬉しいですね。

お酒は文化です。その文化を次の世代、さらに次の次の世代に繋げていきたいと考えています。」


取材日時:2022年5月16日(訪問にて)
取材協力:三笑楽酒造株式会社 代表取締役・杜氏 山﨑英博氏
画像提供:三笑楽酒造

取材後記:今回は久しぶりの訪問取材でした。5月のさわやかな天気にも恵まれ、富山の五箇山に入るとそこは都会の喧騒から切り離されたような別世界。急峻な山に囲まれた谷にあるのは“里”という言葉がふさわしい空間でした。

山﨑氏は気さくに色々な話をして、酒蔵を案内して下さいました。よく“お酒は生き物”と言われます。山﨑氏は麹を“美しい!”と表現してみたり、“菌が味わいを育ててくれる”、“厳しく育てれば強くなる”など、まるで人間のことを話しているかのように、お酒という生き物と対峙するのが本当に楽しそうなのが印象的でした。

色々な酒蔵を拝見するたびに、お米がお酒になるまでには気が遠くなるような作業と手間がかかっているのがよくわかります。でもそれを楽しんでいる(笑っているかどうかはわかりませんが・・)山﨑氏は「三笑楽」の代表としてステキだなと思いました。

帰りに「三笑楽 蔵出生原酒」と「純米吟醸酒」を購入。まずは生原酒から。

開けた日はガツンと来るような強さがありましたが、それから二日後、角が取れてまろやかなお酒に変身していました。2本目もどんな変身を遂げてくれるのか楽しみです。

山﨑氏と筆者
縄で縛っても型崩れしないと言われる
五箇山豆腐のステーキ