天美

「天美」は山口県下関市のお酒です。

「天美」の名前はどこから

そもそも日本酒とはお酒を神に供え、豊作祈願をするものでした。そして、太陽のエネルギーのもとに収穫された作物(お米)に対して、そのお米から造ったお酒に感謝の意味を込めていました。「天美」も、稲を育む太陽にちなみ日本古来の神様である天照(あまてらす)の“天”と、酒を意味する美禄(びろく)の“美”を取り、「天美(てんび)」と名付けられました。

ではなぜ「天美」を醸す長州酒造は太陽にこだわったのでしょう。それは長州酒造の歴史と変遷に端を発します。

長州酒造は児玉酒造として1871年(明治4年)に創業し、150年間近く酒造業を営んできました。時代の流れの中で経営がむずかしくなってきたときに、太陽光発電システムを主力とする製造業の会社、長州産業との出会いがありました。

長州産業は新規事業に必要となる豊富で良質な水を探していたところ、下関市菊川町の児玉酒造にたどり着きます。このままでは消えていくかもしれない地元の酒蔵を何とかしたいという思いから、長州産業が親会社となり、名前も児玉酒造から長州酒造へとあらため、本格的な設備とともに生まれ変わったのが令和2年のことでした。

太陽光パネルなどを作っている長州産業の太陽への想いがお酒造りへと繋がったのです。

注1:天照大神とは:
八百万の神々で最高位に位置しているのがアマテラス。天上世界を治める太陽を司る女神として、現在は、伊勢神宮の内宮を代表として全国に祀られている。また、アマテラスは天皇の祖神であり、日本で最も重要な神様のひとつとして、あらゆる願いを聞き届けるとし、所願成就の神様として知られる。
(Discover Japan HPより:https://discoverjapan-web.com/article/41507)

書体とシンボル

独創的でシンプル、それでいて印象深い。一度見たらなかなか忘れにくい書体とシンボルです。

“天”と“美”。その字面からてっきり星座のようなものを表しているのかと思っていましたが、おおまちがい。このシンボルはお酒造りの過程で醪(もろみ)が一番活発に、そして美しく発酵している状態を表したものだそうです。

発酵をイメージする700通り以上の案から杜氏の藤岡氏が“これだ!”と思った一番美しい形をデザイナーに微調整して仕上げてもらったとのこと。発酵というお酒造りの過程に想いを馳せながら杯を傾けるのもまた粋ですね。

書体は繊細ながらも躍動感のある書体です。かな文字を得意とする書家に揮毫してもらいました。かなから漢字へ移り替わる書体にすることで、児玉酒造から長州酒造へと変わった姿をも表したといいます。

ラベルについて

純米吟醸(白天)

まずは白地のベースに基本の白のシンボル、純米吟醸(白天)です。

長州酒造の「天美」は生まれたてなので、本筋の白ラベル。ゼロから始めた大事さを表しています。

食前酒としてもよく、フレッシュなお料理を味わうイメージです。

特別純米(黒天)

特別純米(黒天)は少し酸味があり、どんなお料理にも合うような食中酒として造られています。

“ラベルはわかりやすいのが大事”と造り手の藤岡氏は言います。だからシンプルでありながら、印象に残る仕上がりなんですね。

さらにラインアップは続きます。

純米吟醸 にごり生(雪天) 

シルキーな口当たり、バランスのいい甘さと酸味が効いた軽快でキュートな味わいの純米吟醸(雪天)のにごり生。冬限定品です。

純米吟醸うすにごり生原酒(桃天)

春限定品として、うすにごりの生原酒の純米吟醸(桃天)。蔵一番の人気商品です。

ちなみに「白天」、「黒天」、「雪天」、「桃天」という愛称は「天美」の愛飲家たちによっていつの間にかつけられた名前だと言います。いかに愛されているかが伺えますね。

最近では瀬戸内4県の代表的な酒米を使った純米大吟醸シリーズが登場しました。5月の第一弾の赤磐雄町を皮切りに、6月には廣島千本錦、7月は播州愛山、そして8月には長州山田錦と続きます。

お酒は酵母を変えると違いがよく出ると言われますが、このシリーズは敢えて同一精米、同一酵母だけれどもお米を変え、発酵管理で「天美」らしさを出したいという藤岡氏のチャレンジから生まれたものです。「それぞれにお米の味わいの差が楽しめます」と藤岡氏。

長州酒造について

長州酒造
エントランス脇には児玉酒造当時の甑が大事に展示されている

注目すべきは杜氏の藤岡氏だと思います。全国に1500軒の酒蔵がある中で、女性の杜氏さんは約50名と言われているうちの一人です。(2022年現在)

ご実家はお酒造りとは無縁。それでも小さい頃からパン造りが好き。特にパン種が発酵してふくらんでいくのが楽しかったという藤岡氏。それが、発酵食品の一つである日本酒造りにつながるとは誰が想像したでしょう。いわゆる“発酵好き”が高じて、大学もその分野を専攻。自然と周りには蔵元関係者がいたことから、日本酒に目覚めたと言います。

もともと、日本酒をおいしいと思ったことがなかった藤岡氏。でもある日、酒蔵を訪ね、搾りたてのみずみずしい一杯を飲んだ時にイメージが一新。こんなおいしいものがあるのを伝えたい、という気持ちからお酒造りの世界へ入ったそうです。

20年以上の修行を積んでいた時に、長州産業の酒蔵再建の話を聞き、長州酒造の杜氏として令和2年にスタート。当時は4名で始めましたが、見る見るうちに全国区でも名前が知られるほどに(2022年7月現在は臨時職員も含め11名)。2022年3月号の『danchu』では“令和の超新星”として取り上げられています。

社長は長州産業の岡本晋氏が兼任していますが、酒造りは藤岡氏。そのため、長州酒造の経営から細かいところまでほぼ全面的に任されていて八面六臂のご活躍です。

これからの「天美」については、「だいぶん方向性が見えてきたので、さらなる品質向上と安定性を目指します。スタッフの育成や地域への貢献も・・」という藤岡氏。まだまだ“発酵”し続けていました。

「天美」はどちらかと言えば、日本酒に馴染みのない方や、少し苦手と思っている方にも飲みやすいお酒です。だから是非一度は手に取って試してほしいとのことです。


取材日時:2022年7月14日(ZOOMにて)
取材協力:長州酒造(株)杜氏・藤岡美樹氏
画像提供:長州酒造

取材後記:

超人的に多忙な藤岡氏にようやくアポが取れ、念願かなっての取材。

メディアにも多く取り上げられている女性の杜氏さん、お話に入る前のニコっと笑う笑顔に引き込まれるほど、ステキな方でした。

杜氏さんと言えば、男性のイメージ。その中で女性ならではのご苦労や、逆に女性だからこそできることってありますか?の質問に、「確かにお酒造りは重労働です。でもお酒に向き合うのは一緒。女性の方が心くばりがきく。男性の方が力があるという特性はありますが、大差はありません。得意なところをやればいい、心構えの問題だと思います。」とさらりと気持ちのいい答えが返ってきました。

もろみ発酵を見守る藤岡氏
(長州酒造公式インスタグラムより

もともとパン種が膨らんでいくのを見るのが好きだったという藤岡氏。いまではパン種がもろみに変わり、“もろみのポコポコがきれいなんです”と眺めているとか・・。
そんなかわいらしい表現ができる杜氏さんが造るお酒が優しい味わいにならないはずがない!・・と思います。