文佳人」は高知県香美(かみ)市のお酒です。

「文佳人」の名前はどこから

この銘柄は「文佳人」“ぶんかじん”と読みます。あれ?“文化人(文化的教養を身につけた人のこと)とは違うの?と思いませんか?私もこのお酒に出会って初めて”佳“で表す”ぶんかじん“を知りました。

“佳人”とは美しい女(ひと)、女性という意味です。では“文佳人”とは・・

その昔、江戸時代初期の頃、土佐藩(現在の高知県)に野中兼山(のなかけんざん)という朱子学に造詣が深い家老がいました。兼山の娘が野中(のなかえん)。父、兼山が訳あって失脚したため、婉(えん)を含む家族全員は長きにわたり、幽閉生活を余儀なくされました。

それでも婉(えん)は文通によって儒学や詩歌、医学を学び、のちに名医と言われるほどの医師になります。各分野での才能は、数多く残されている手紙からも伺えます。

「文佳人」を醸すアリサワは、現在の有澤浩輔氏が5代目。有澤氏の曾祖父(2代目当主)は和歌が好きで、婉(えん)の才色兼備の魅力をお酒のイメージに重ねて「文佳人」と命名しました。「文佳人」、“文の佳人”、つまり学問に秀でた美人という意味です。地元では“お婉さん”と親しみを込めて呼ばれ、彼女の偉大さは今でも語り継がれているそうです。

「文佳人」のラインアップ

俳句好きの二代目は、他にも「糸柳」や「寒月」など俳句の季語を酒に名づけました。その中で、大吟醸・純米吟醸などの特定名称酒注1に限り、「文佳人」の銘柄を使い続けています。

注1:特定名称酒とは原料と製法で8つに分類したもの。8つとは純米、特別純米、純米吟醸、純米大吟醸、本醸造、特別本醸造、吟醸、大吟醸で、それ以外を“普通酒”と呼んでいます。(参照:新訂 日本酒の基 2021年6月発行)

辛口純米

「辛口純米酒」

「文佳人」の基本となるスッキリ辛口な仕上がり。冷酒も燗もオススメ。

最も多く出荷されています。

「大吟醸」「純米」

文佳人 大吟醸酒
文佳人 純米酒

大吟醸原酒は新酒鑑評会で金賞を受賞。フルーティな香りでうま味ののった味わい。
純米酒もKURA MASTER2019で金賞を受賞。ふくらみを感じる仕上がりになっています。

いずれも書家の方による書体です。

「リズール」

リズール 純米吟醸酒
リズール 特別純米酒

リズール(Liseur)とはフランス語で“精読者”という意味。

文学を深く読む、突き詰めて読むようにお酒も深く味わってほしいと名付けたそうです。「文佳人」シリーズにふさわしい銘柄です。

度数も一度低く、さわやかな感覚で楽しめます。

「純米吟醸・米ちがい」シリーズ

純米吟醸 吟の夢
純米吟醸 土佐麗

ひげ文字から想像して創業当時からのシリーズと思いきや、比較的新しいシリーズとして注目したいのが純米吟醸の米ちがいシリーズ。

山田錦、雄町、吟の夢、土佐麗(とさうらら)の4種。吟の夢と土佐麗は高知の酒米。

土佐麗は“春うらら”にかけて、ピンクラベルで春に出荷します。

「夏純吟」おばけラベル

季節ものがいくつかある中で、この蔵一番人気の「夏純吟」。

夏に冷やしてスッキリ飲める純米吟醸酒。おばけラベルが目を引きます。

お化けを探せますか?

くらつきこうぼ
蔵にずっと住みついているおばけ。お酒の味を良くしてくれる。

へんぱいじじい
人間を見かけるとすぐに返杯を要求してくるやっかいなおばけ。

みちね
お酒を飲むと道で寝てしまうおばけ。駅のホームでもよく見かける。

なみなみ
酒を注ぐときにはなみなみ注ぐようにせがむ、厚かましくも憎めないおばけ。

いごわらし
土佐の頑固者「いごっそう」のおばけ。いつも蔵にいてお酒の出来具合を見守っている。
見かけるとお酒の味がグッと良くなる。

(株)アリサワについて

創業は明治10年。

高知県の北東部にある香美市。高知県内でこの香美市だけが海には面していませんが、その豊かな自然に囲まれた土佐山田町にアリサワはあります。

Google Mapより

4代目まではいわゆる“普通酒”を造っていましたが、現在の5代目、有澤浩輔氏になってから特定名称酒を造るようになりました。現在(2023年6月)はご夫婦だけで仕込みから瓶詰まで(出荷作業はパート作業員が行う)行なうという働きもの。

今でもずっと変わらない“こだわり”があるそうです。

無濾過(むろか)

日本酒は、出荷前に品質劣化防止や香味のバランス調整などのために活性炭を使ってろ過します。しかし、香味を損なうというデメリットも否めません。

アリサワでは、なるべく“しぼりたての美味しい状態で届けたい”という理由から“無濾過”にこだわっています。

加熱は1回、保存はマイナス5度で

通常、日本酒の火入れは2回。一度目の加熱は酵素の活性を抑えるため。二度目は瓶詰め時の火落菌注2による腐敗を防止するために行われます。アリサワでは無濾過にこだわるのと同様に鮮度にこだわるため、一度だけしか加熱せず(瓶火入れ)、その後、瓶に詰めた状態でマイナス5度の倉庫で保管します。タンクで火入れするより、短時間で加熱と冷却ができるので味を劣化させません。

槽(ふね)しぼり

今では“ヤブタ”と呼ばれる機械による自動圧搾方法も多くみられますが、アリサワでは伝統的な槽(ふね)と呼ばれる圧搾機を使い続けることにこだわっています。毎回、搾る袋が洗える、また時間をかけてじっくり低圧で搾るため、雑味やオフフレーバー注3が少なくなるといいます。

いずれのこだわりも、“お客様に一番フレッシュでおいしいところを飲んでもらいたい”というアリサワの想いを感じます。

注2:火落菌とは日本酒を劣化させる乳酸菌

注3:オフフレーバーとはとは、本来その食品・飲料が持つべき風味とは異なるにおい・味のこと。

アリサワが使用する槽
もろみを詰めた酒袋を
槽の中に敷き詰める作業

最後にアリサワからのメッセージです。

“ウチのお酒は、高知のお酒としては端麗辛口のほうではないと思います。酸味もありますが、ジューシーで飲みやすい。和食だけではなく、洋食にも合います。今はスパイシーな料理や中華料理にも合うようなお酒造りも視野に入れています。

初めて「文佳人」を口にする方にはまず「リズール」から試していただくのがおすすめです。”


取材日時:2023年6月1日(ZOOMにて)
取材協力:(株)アリサワ 5代目当主・有澤浩輔氏と専務取締役・有澤綾氏
画像提供:アリサワ

取材後記:

私が最初に「文佳人」に出会ったのは「リズール」でした。え?これ、高知のお酒?と思わずラベルを見直すくらい飲みやすく、確かに軽やかなテーブルワインのよう。しっかりした高知のお酒のイメージを一新するものでした。

ラベルも何やら意味ありげ。早速、取材をお願いしてお話を聞くことができました。

対応してくださったのは奥様の有澤綾氏。涼やかな雰囲気でとても有澤氏と二人三脚でお酒を仕込む力仕事をしているとは思えないほど。念のため、お役職を伺うと、“何もなしでいいですよ。社外的にはパートということにする時もあります”と笑いながらおっしゃいました。“パートって・・・”

(実際は専務取締役という肩書きらしいです。高知旅ネットによる)

限られた時間の中、銘柄のいわれ、お酒造りへのこだわりなどについて丁寧にご説明下さいました。

これから「文佳人」をいただくときは、現代の“お婉さん”ならぬ“お綾さん”を思い出すことでしょう。

お忙しい中、ありがとうございました。そして、補足説明のために画面に時々ご登場下さった浩輔氏にも感謝いたします。